A隊行動記録
                                              千々和宗一
5月1日(土)

 千々和、稲垣の車に分乗したメンバーは2030分に相模湖IC手前のセブン・イレブンで合流する。一路、中央高速伊那ICを経て長谷村の戸台駐車場へと向かう。
2330分駐車場に到着。明日からの行動に思いを馳せ、軽く乾杯をして就寝した。130分。

5月2日(日)

 戸台駐車場06:40 ― 角平衛沢分岐08:27 − 大岩下岩小屋11:0811:40― 角平衛ノコル13:40(泊)

 起床。テントの外はすでに明るく春の暖かな陽射しが当たり一面にこぼれていた。簡単に朝食をすませ、640分に駐車場を出発した。暖かな春の陽射しにつつまれた戸台川を右に見ながら進む。第一号床固までくると戸台川を横切り、角平衛沢分岐へとたどり着く。角兵衛沢へのルートはしっかりとしており案内版もある。間違えることはない。ここでまた戸台川を横切り、鋸岳一合目へと向かう。ここからは樹林帯の中。進む方向は赤布、テープと目印がやたらと多くここも間違えることはない。暑くもなく、寒くもなく、風もない樹林帯の中を、若干喘ぎながらすすむ。それでも流れ出る汗は止めることはできない。大岩下ノ岩小屋へは11時ごろ到着し、しばし休憩を取る。残雪も見当たらず、テント場においても水の確保も難しいと判断し、5リットルのポリタンクと2リットルの簡易水筒それとメンバー全員の水筒を満タンとした。さすがに5リットルのポリタンクを追加する羽目になった佐藤さんのザックからは、その分を他のメンバーへと装備を振り分けた。私には2リットルの水と佐藤さんの酒(900ml)がプラスとなった。
 ここから角平衛沢のコルまでが、嫌なルート。大小の石、岩がごろごろしており、おまけに崩れやすい。三歩進んで二歩下がるような塩梅である。歩きづらいこと極まりなく、おまけに危ない。高度を上げるほど、中央アルプスなど周りの様子がわかってきた。仙丈岳も半分ほど見え、バスが走っている南アルプス林道までよく見えてくる。稜線に近づくにつれ風も強くなり肌寒くなった。1340分コルに到着。テントを張れる場所は2箇所。しかも狭く、2,3人用が一張りと4,5人用が一張りである。我々は6人。テントもダンロップ6人用である。工夫に工夫を凝らし、やっとテントを張った。それでもテントの中は天国である。稜線上の北斜面には残雪はあったが、とても水を作る気にはなれないかった。汲み上げてきてよかった。

53日(月)

 角平衛ノコル
06:00 − 鋸岳(第一高点)06:16 − 小ギャップ06:40 −
 鹿窓07:01 − 第二高点09:50  − 中ノ川乗越11:5012:05 − 三ッ頭13:50 − 甲斐駒ヶ岳6合目分岐14:22 − 6合目石室14:30(泊 

 4時ちょうどに起床。天気は、霧雨、おまけにガスっている。日が昇れば全快とはいか
ないが少しは回復するのではないかと淡い期待を抱く。が、昨日取った天気図からは回復は望めず、むしろ悪くなることが予想されていた。ガスははれないが、亮子さんの歯磨きも終わり、予定通り6時00分に今回の核心ルートに向かう。鋸岳(第一高点)へは15分ほどで到着。そそくさと山頂風景をカメラに収め、先を急ぐ。すぐに小ギャップが現れる。しっかりとした支点があり、10メートル弱の懸垂下降にて通過する。10分ほど先を登りかえすと、稜線へと出る。ここから南側に2mほど下り、トラバースして鹿窓へと向かうがトラバースルートへ下るとき注意が必要である。特に岩が濡れていたので、滑りやすく危険である。稲垣さんはザイルを出そうかと言ったほどである。
 鹿窓はすぐにわかった。ザイルを降ろす支点もあり、下降も難しくない。ただ、機関銃
のように降って来る石には要注意だ。下降待ちをしているメンバーが不注意に動けば、銃の乱射状態になる。皆、細心の注意を払い下降の順番を待ち、下降していった。下降点からは右へ30mほどトラバースする。事前に中村さんから聞いていた内容と一致。第二高点へと問題なく行動できるはずだったのだが。先ず、鹿窓から下降後の右へのトラバースまでは良かった。ここから左へ少し下降して左へトラバース(ガレ場横断)すればよかったのだが、下りすぎてしまい、しばらくルートを探した。ここで約30分ほどの時間をロスした。30mほど登り返し、ルートを見つけ(赤布らしきものがあった)きわどいトラバースを行う。ここの岩も非常にもろく、ザイルをフィックスしてトラバースする。また、ガレた沢らしきところに下りる。このガレ沢を真横に千々和がトラバースし、正面の岩に取り付いて半分ほど登ってしまう。他のメンバー3人も続くが岩が濡れていて非常に危険である。晴夫さんが迂回ルートを見つけて、そこに向かう。これも20mほど下の方から回りこめるルートがあった。この辺りから、私の頭の中のジャイロが狂ってしまったのか方向感覚が解らなくなってしまった。踏み跡はあるが、ところどころ残雪に隠れルートを見失う。兎に角、稜線にでて方角を確かめなければと、あわてた。稜線に出たところが第二高点だった。ここまで、なんと3時間50分もかかってしまった。約1時間のロスである。
 第二高点は剣がささっていた。今日は心配ないが、雷は落ちないだろうかと心配しながら通過する。中ノ川乗越へと向かう。第二高点から少し下ったところで、「中ノ川乗越へ」との標識を見つけた。ここでもまたルートを誤る。辺りは相変わらずガスで周りの様子がわからない。我々は第二高点から北に伸びている尾根づたいに乗越があるとばかり、錯覚していた。だから、この標識は「おかしい」とみんなが思い込んでおり、この標識の辺りを約1時間ほどうろついてしまった。しばらく辺りの様子を伺うにもガスで何も見えない。一瞬ガスが引いた。別の尾根を発見、標識が正しいことが確認できた。標識からガレガレの岩場を20分ほど下ると、中ノ川乗越についた。これまでのルートの誤りは、冷静に考え、地形を見ていけば問題のないところなのだろう。私の経験不足が足を引っ張る結果となってしまった。
 三ツ頭についたのが
2時近く、北沢峠まで行くことは到底無理。甲斐駒ヶ岳すら行けない。6合目の石室でテントを張ることにした。石室の中は、氷が張っておりその上にテントを設営した。外は低気圧が近づいてきたのか、風がとても強くなってきた。残雪もなく、水は水場まで下りくみ上げた。往復40分ほどかかった。
 今日もテント内は天国であった。

54日(火)
 
 
6合目石室06:30 − 6合目分岐06:40 − 1合目(沢)09:15 − 
丹渓山荘11:0511:35 − 
 戸台駐車場
13:20

 6時30分にB隊と交信後に、下山を開始した。甲斐駒ヶ岳には行けないが、今回の目的である核心部を無事通過できたことで満足である。6合目の分岐まで戻り、七丈ヶ滝尾根を下る。登山道は使われておらず、非常に荒れていた。かなり急な下りであり、大岩を降りなければないところも有る。慎重に下った。岩場を下っている谷内さんが5mほど滑落した。幸いにも木があり止ったが、一歩間違えれば大きな事故になっていただろう。聞けば、肩が抜けたとのこと、でもすぐに元に戻すことができるようである。ロボットみたいな人だ。尾根を下りきると沢にぶつかる。雨のため増水していた。地図によると何度か沢を渡り、丹渓山荘に向かうのだが、増水のため沢に入らなければならない。岩を伝ってなどトンでもない。飛び越えられないのだ。沢に入るしかなく、皆、増水した沢を流されないように注意して渡った。昔、ルートがあったようだが崩壊しているところがあり、とてもまともに歩けない。懸垂下降して降りる場面もあり、必要以上に時間がかかった。
 丹渓山荘に着いたのは11時過ぎ、やっとホットすることができた。交信によると、B隊は既に戸台の駐車場についていた。ここからは、しっかりとした山道を緩やかに下る。我々が駐車場に着いたのは13時30分ごろだった。B隊が作っていてくれた、心温まる一杯のかけそばで初めて一息つけた思いがした。

 【反省】

  @  鹿窓通過後のルートの誤り、中ノ川乗越へのルート誤り、残雪で隠れた登山道の発見方法、等。全貌が望めればなん   でもないルートでも、ガスで包まれ辺りの様子が伺えないようなとき。あまりにも踏み跡や赤布、テープを頼りすぎて   いたのではないか?自分の判断でルートを見極めたか?地図とコンパスで地形を確認しながら進むべきではなかった   か? 地図が読めるのか、コンパスが扱えるのか。積極的に地図を読んで行動する訓練の必要性を感じた。

  A  エスケープルートに七丈ヶ滝尾根を選んだ。登山道が荒れていることも事前に確認していた。一合目まで下り、沢筋   にでてルートを見つけ出すことができなかった。沢筋にケルンが積んであることを確認しながらも、樹林帯の中を入っ   ていきザイルを使わなければならない状態になったり、挙句難しく沢を渡渉しなければならなくなったりと、最初の判   断ミスが後々まで影響してくる結果となった。
 
  B リーダーの判断と号令の重大さを十分に知った合宿であった。

B隊行動記録

中村 仁

南アルプス北沢峠B.C.(仙丈岳、甲斐駒ヶ岳)
2004年5月1〜4日
L.中村仁、S.L.才田栄治、大竹文雄、大谷祐二、宮田明人、梶川栄、森秀光

4月30

 20:0022:00橋本駅集合の2班に分かれて車で出発し、それぞれ23:302:00に戸台駐車場に到着し、仮眠した。

5月1日

 朝から晴れており、1日の好天が約束された。駐車場はガラガラで、10台程度あるのみであった。出発の準備をしているとパトカーが現れ、制服と私服の二人が登山届を促しに来た。同時に南アルプス林道を歌宿までバスが出ており、利用することを勧められた。その勧誘に少し違和感があったこともあり、また、利用するにしても発着場所が駐車場から30分程度戻ったところでもあり、予定どおり歩くことにした。しばらくは戸台川沿いの平坦な道を歩かねばならない。戸台川右岸に見える鋸岳は南面ということもあり、残雪は全くない。A隊は水を担ぎ上げることになるだろう。丹渓山荘を過ぎると平坦な河原から離れ、樹林帯を八丁坂の登りとなるが、残雪は全く見られない。しかし、急登が終わり緩斜面になって車道が横切るあたりから少しずつ残雪が見られるようになる。じきに大平山荘前の車道に出ると、この車道を登ってくる登山者が散見され、急ににぎやかになる。歌宿までバスで来た登山者であろう。大平山荘から北沢峠までは、もう一登りである。北沢峠の残雪は道の端に少しあるだけで、

例年と比べると少ないようだ。少し下った幕営地にも残雪は全くなく、乾いた砂利の上にB.C.を設営した。幕営地は空いており、テントを設営する場所は自由に選ぶことができた。水は小屋の前に引かれており、トイレには紙まで準備してあった。非常に暖かく、みんな寝不足から外で昼寝となった。

        戸台(7:30)〜角兵衛沢出合(9:20)〜八丁坂(10:40)〜北沢峠B.C.(13:10)

5月2日

 快晴の朝を迎え、何の心配もない。予定通り仙丈岳を目指す。登山道は北面になるため、登りはじめから残雪を踏む。好天のため、他にも多数の登山者がすでに登り始めており、前後して登っていった。ほとんどの登山者は北沢峠からの往復と思われ軽量であったが、フル装備の2人パーティと一緒になったので聞くと、野呂川越えで奈良田に下山するとのことだった。

 登るにつれ甲斐駒の勇姿が眺められるようになり、威圧するような摩利支天の岩場の稜線が識別できた。森林限界の直下でアイゼンを着ける。森林限界を超えるといつものように風が出てきたが、以前冬合宿で経験した強風とは比べようもない。眺めが良くなり、北沢峠の幕営地も遙か下に見えた。小仙丈岳を過ぎ、岩場を越えて行くと、なんなく仙丈岳山頂に到達した。山頂には既に何人もの登山者があった。北だけから南に連なる南アルプスの峰々、八ヶ岳、中央アルプスから北アルプスまで360度の眺望を楽しんだ後、少し風が強かったが10:30の交信時間まで待つことにした。しかし、角兵衛沢を登ってるはずのA隊とは交信できなかった。その後下山開始1時間後、小仙丈岳での再度の交信で、全員元気で登っていることを確認した。しかし、B.C.帰着後となった次の交信はとれなくなってしまった。

 夜は大竹会長のハーモニカに誘われ、山の歌の合唱とあいなった。

       北沢峠B.C.(6:00)〜森林限界(8:10)〜小仙丈岳(8:45)〜仙丈岳(9:5010:30)

       〜小仙丈岳(11:2030)〜北沢峠B.C.(13:20)

5月3日

 朝起きると霧雨が降っており、山は雲の中であった。予報どおり天気は下り坂だ。大谷、宮田両名は、6:00に予定通り下山を開始した。残り5名は甲斐駒ヶ岳の予定である。少し様子を見た後、天候悪化の兆しがないと判断、予定通り出発とした。北沢沿いの仙水峠経由のルートとする。霧雨状態は仙水峠まで続いたが、時折薄日も射した。駒津峰への急登にかかっても霧雨は続き、風も出てきたが、次第に雨は上がり、駒津峰を過ぎると、風もそれほどでもなくなった。

 山頂へのルートは山頂下で尾根沿いの直登ルートと摩利支天側のトラバースルートに分かれるが、直登ルートを選んだ。直登ルートはちょっとした岩登りが続くため、縦走で荷物がある場合、及び逆コースの場合には素直にトラバースルートを選択すべきだろう。駒ヶ岳山頂は全く視界が無く、風があった。登山者も少なく、他に数人のみであった。しかし、A隊に7:30より毎時半コールしていたが、応答を得られていない状況もあり、次の交信時間まで約1時間山頂に留まることとした。

 11:30の交信でようやくA隊の状況がわかった。視界がないため、ルート判断に苦労しているようであったが、全員元気とのことであった。一安心して下山を開始した。下山は摩利支天方面へのトラバースルートを採った。多少残雪はあったがわずかであり、結局アイゼンは使用しなかった。駒津峰からは登りと違う双児山を経由するルートとした。双児山から下部の樹林帯にはまだ相当の残雪が残っており、途中歩きにくいところもあったが、程なく北沢峠に着いた。

 晴れることはなかったが、降られることもなくB.C.に着いた。下り坂の天気だったせいか、テントの数は前日と比べてかなり減っていた。14:30の交信で、A隊も六合目石室に着き、行動終了したことを確認した。

 夜は隣に幕営していた大分県パーティの山の歌大会に誘われ、再び大竹会長のハーモニカが始まり、歌の交換が行われて夜は更けた。

     北沢峠B.C.(6:15)〜仙水峠(7:25)〜駒津峰(9:15)〜駒ヶ岳(10:3511:35)

     〜駒津峰(12:25)〜北沢峠B.C.(14:30)

5月4日

 ついに夜半より本格的な雨となった。朝になっても降り続き、6:30の交信でA隊が直接丹渓山荘へ下山することを確認した。テントが残り少なくなった幕営地で、我々もゆっくりB.C.を撤収して下山を開始した。途中の交信によると、A隊は沢沿いの下山道が不明瞭で、時間がかかりそうとのことだったため、戸台の駐車場で待つこととした。下山につれ雨は小降りとなって時たま薄日も射したが、雨はやまず、テントを乾かすことはできなかった。

 2時間半ほど待った後、A隊6名の元気な顔を見て、帰途についた。

    北沢峠B.C.(7:35)〜丹渓山荘(9:00)〜戸台(11:00)