南アルプス・大井川・赤石沢                     記 稲垣晴夫
山は天気次第

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平成16812日〜15日 34

メンバー:L稲垣(晴)SL中村、 田中(玲)、稲垣(亮)、佐藤、畑 6

【記録】
 12日 赤石沢出合10:30〜曲がり滝1230〜北沢出合1430
 13日 北沢出合700〜門の滝83015m滝9:0010:00〜シシ骨沢11:30
    大ゴルジュ高巻終了
13
30裏赤石沢出合1540
 14日 裏赤石沢出合700〜百間洞出合7:3015m滝830〜百間洞山の家1030
      11:00
〜赤石岳13:30 1400〜赤石小屋1530
 15日 赤石小屋630〜椹島83010:00の送迎バスにて下山

 日本の名渓といわれる赤石沢、山屋なら一度は行きたいと思っている人が多数いることでしょう。20年前、若かりし頃、三伏峠から入山し、荒川3山を越え、椹島に下山、その後、赤石沢に別メンバーでアタック(現嫁さんもいた)、伊那側から3000Mの荒川岳を超え、また3000Mの赤石岳を赤石沢経由で登り返し、また伊那側の小渋川をたどったことを思い出す。

 下流のイワナ淵、ニエ淵での圧倒的な水量で、へつりの連続であった記憶があるが、今回は水と戯れながらの楽しい山行だ。
 獅子骨沢で1日前に入渓したパーテイが遭難し、遺体があるとのこと、20年前も直前のパーテイがイワナ淵の滝で水死し、その「おろく」の前を通り過ぎ、水死の原因となった滝の通過が恐ろしく足が震えたことを思い出し、今回もイヤーナ感じの入渓であった。その滝をもう一度確認したかったが、それらしき滝は確認できなかった、水量も減り、滝の形状も変わったのであろうか、今回の遡行で沢のかなり上部にハーケンが打たれていたという。
 12日、畑薙ダム8:10発のバスを待つが、80人ほどの乗車予定者、なんの連絡ないまま、結局1時間待たされ、9:10発、これが下界の乗客なら怒り出すであろうが、登山者は乗せてもらえるだけでありがたいと思うのか、従順だ。
 現在、オリンピックが行われているが、それにひっかけて、アイスハンマー投げの5mナメ滝は左から巻き10mの懸垂、沢巾がひろく明るい。4mcs滝は左岸のハーケンにトラロープが掛かって、おりそれを利用する。神の淵では、釜を泳ぎ、小さな滝を越すのであるが、晴れ晴れの天候のなか、他のパーテイのギャラリーのなか、大笑いの連続だ。泳げない人も、ザックを浮き袋代わりに、ザイルで引き寄せ、強引に引っ張りあげる。今回の沢登りで最高に楽しい沢のゲームだ。
 
突然、取水ダムが現れ、右側からコンクリートの堰堤を登れば、今宵のねぐら北沢出合。釣組、焚き火準備組とわかれ、おのおの夜の宴会の為の準備をそつなくすごす。ヘリコプターが上空を2度、3度往復し、遭難者の「おろく」を吊り下げながら、椹島方面のに下りていった。盛大の焚き火のなか、たしか今シーズン初めての焚き火、星がきれいだ。就寝。

13日 快晴 今日も天気が良い、沢は特に、天気に一番左右される、朝方、あまりの寒さに、タープを抜け出し、焚き火に再度火をおこし、皆が起きるまで、その横でうつらうつら、なんと火はいいものであろう。
 門の滝は滝がX上に流れ出て、迫力がある、その右岸を1ピッチで登り、さらにザイルをヒックスして横のトラバース、適度のスリルでおもしろい。その上の、15M滝は、洞窟の穴のなかを、残置のシュリンゲに足を突っ込み、空身で登るのだが、完全復活の中村さんがリード、ザックを6人分中村さん一人で引張あげてもらう、それがその後、中村さんの肩を痛めてしまい申し訳なかった。 1人づつムーブの写真をとりながら楽しく登ることができた。

 次は、遭難者がでた、大ゴルジュの大高巻き、なるほどかなりきわどいトラバースがあり、我々も、慎重にザイルを出し、通過するが、途中、赤松のところで道が二手に分かれ、一方は横にトラバース。一方は、直上のコースがあり、われわれは直上のコースを取ったが、それが間違いであった、木登りに近い登り、その後、踏みあとが上に続いているが、しばらくたどると踏み後がなくなってしまう、その後、一部、懸垂をして、やっと本来の踏みあとにもどることができた、多分遭難者も、道を間違えて足を滑らしたであろうと想像しながら、結局、1時間で高巻き終えるはずであったが、倍の2時間かかってしまった.
 AO,高巻きで時間を食い、予定より手前の裏赤石沢出合で、テントを張る、裏赤石の手前にも大きな沢があり、間違えそうだ。テン場は少し傾いているが、問題ない、今宵の宴会場は、すぐ下の河原、薪は大量にあり、後は、佐藤氏の収穫を待つだけ、焚き火にあたりながら、食事の用意をしていると、なんと岩魚4匹の収穫、早速、焚き火のまわりに、岩魚の串刺しを置く、沢登りでこの風景が一番似合う。

14日 快晴 6時出発のつもりが、朝起きれず、いつもの7時出発に、朝一番に水に入るのはつらいが、泳ぐところもなく大岩の間を右に左に歩くと、15Mの百間洞大滝で記念写真、途中の支沢で、ソーメンを食す、天気もよく、つめの藪こぎもなくのんびりする。程なく、百件洞の山小屋、以前はもっと左手の奥にあったのだが、いきなり小屋の裏手に到着。
 小屋のアルバイトの女性と自転車を背負って縦走している若者と歓談、ホームページに載せるべく記念写真。丘に上がったカッパで赤石岳まで遠い、しかし、立派な登山道で、時間あたりの距離は相当なものだ、小屋から2時間半で頂上、20年前の記録とほぼ同じ、ガスが出始めたが気分は楽だ、小屋は超満員とあって、素泊まり料金を払いながら、テント泊。タープの下で、宴会、熟睡。

15日 雨 コースタイム3時間半のところを2時間で下山、他の一般登山者を追い越し、とても平均年齢?才のパーテイとは思えない。逃げ足は速い。

今回の夏合宿の成功の原因は、天候の安定につきる、ここ数年の天候の悪さとは大違いであった。若いH君には、この快適な経験を是非会のメンバーに伝えてほしい。

反省として

計画:問題なし  

食料:軽くてよい  

装備:4,5人用のマキシム+タープで6人だが、ザック等を別にすれば、6人が一つのテントに寝ることができる。焚き火の火力を利用するため、ビリーカンの利用を薦める。


夏山合宿について

2004 / 08 /25
畑 慎一

   赤石沢。私が沢の本を初めて購入して、その1ページ目に載っていた沢。見た瞬間、引き込まれる思いをした沢。「行ってみたい。」正直思った沢だった。今回の合宿が決まる前から、そうこの会に入ってから、初めて「行きたい。」と主張したと思う。
 入山前、滑落による遺体があるとの話には、正直「俺に制覇できるのか。」と感じた。しかし、結果として今まで行った沢の中で、最も楽しいと思えた沢だった。行けて良かった。淵の泳ぎ、焚き火での岩魚、沢でのそうめん。また天気に恵まれたことで、とても快適な山行であった。ただ、夏だからといって、防寒対策が不十分だったため、寝るときに寒い思いをしたのだけは、唯一反省すべき点であった。


              原点の山・赤石岳

田中 玲子

19857月、暁山岳会に入会し、山の技術など何もないまま初めての夏合宿。

A隊:赤石沢〜裏赤石沢、B隊:聖沢遡行〜椹島・東尾根〜赤石岳往復という計画。もちろん私はB隊ではあるが、沢など経験がない。聖沢本流は直登不能な大滝をいくつも掛け、大高巻きの連続で、結局滝見台で遡行を断念した。沢登りを楽しいとは思わなかった。翌日赤石沢を遡行した渡部・吉原パーティと合流し、遡行の苦労話しを聞きながら、赤石沢のスケールと険悪さを想像し、自分とは無縁のものと思っていた。

 あれから19年、もはや誇れる若さは失ったが、赤石沢もまた取水口のお陰で難易度を落とし、北沢出合で流れ星を数えながら焚き火を楽しむ自分がいた。

 入山時、獅子骨沢出合に遺体があると聞かされ、不安と緊張で遡行を開始したが、思いのほか沢は明るく、水量も少なく(驚くほど高い位置にハーケンが連打されているところがあり、往時の水量が偲ばれる)、天候に恵まれ、最高の沢を楽しむことができた。東北の沢と違い、アブがいないのが何よりいい。連日岩魚を食べることができたのも幸せ(佐藤さん、ありがとう)。

源流部はお花畑で藪漕ぎもなく、ささやかな流れをたどると百間洞山の家。こんなに苦労のない夏合宿でいいのかと、入院中の谷内佳子さん(実川本流、辛かったね)に申し訳なく思う。

焚き火を見つめながら、「こんな楽しい沢はこれが最後かもしれない。」と言うと、私より遥かに年配のオヤジたち、「20年後、もう一度来ようか!」、・・・恐るべし。



                           合宿復活?

                                       記 中村仁

 昨年の夏は暑くても沢どころではなく、ひたすら忍耐の日々を過ごしていたが、今年は天気にも恵まれが無事夏の沢合宿を終えることができた。

 赤石沢はスケールは大きいが明るいという印象だった。これは、これまでの沢合宿で主な山域としていた東北の飯豊や朝日の沢に比較してである。豪雪地帯の沢はゴルジュともなると側壁が高いうえ雪渓に磨かれているため高巻きも容易でない。雨でも降れば悲愴感が漂う。赤石沢の大ゴルジュの高巻きはあまり良くはなかったが、それ程でもなかった。近郊の沢でももっと悪い高巻きはいくらでもある。

 とはいえ、さすがに3000mの山域である。沢中2泊でようやく縦走路に抜け、さらに山頂まで急登を強いられ、体力的にはかなりきつかった。でもこれは、年のせいかも。 思えば昨年の7月末補装具がようやく取れた時は、歩くのがやっとという状態で、沢に行けるのがいつになるのか全く想像もできなかった。それが1年後に再び沢合宿に行けるとは自分でも思っていなかった。

 今年沢に行くようになってから、何人かの人にもう完全復活ですねと言われたが、客観的にはほぼそうなのだろう。しかし、左足首は充分曲がらず、普通に歩いていても違和感があって足首の角度によって痛い。走るなんてとてもできない状態なのである。ただ、幸いなことに山登りは走ることとは無縁で、一歩ずつ踏みしめて歩を進める行為なので、何とか復活できたのである。沢や岩の登攀は微妙な足の角度があるので、以前のように登るのは難しいと思っていたが、いざ登ってみると、それ程問題にならなかった。もっとも、極限的な登攀では影響があるだろう。

 いずれにしても、未だ担当医師からの完治宣言は無いが、再び山へ行けるようになった幸運に感謝して、今後も山を楽しんでゆきたい。   

                                                                      
                    大井川赤石沢百間洞沢
                                                           
記 佐藤博文

2004.08.1215
L:
稲垣晴夫 田中玲子 中村仁  畑慎一  稲垣亮子 佐藤博文
8/12
畑薙ダム〜北沢出合
8/13
北沢出合〜裏赤石沢出合
8/14
裏赤石沢出合〜百間洞沢〜赤石岳〜赤石小屋(素泊まり外で幕営可)
8/15
赤石小屋〜さわら島〜畑薙ダム

『シシボネ沢のあたりに死体があるかもしれないがほっとくように』
と東海フォレストのバスの人から言われ一同 ゲゲッ そんなスタートだった。ご冥福をお祈り致します。
天気は12143日間 快晴で言う事無し岩魚も尺一寸がテンカラで釣れてみんな喜んでくれた。
内容はルート図の通りでそんなに苦労はなかった。みなハイグレードな沢の経験者で余裕で遡行した。
行動日程も人数が多いのでこれで良かったと思う。
スケールも大きくその名に恥じぬ銘渓である。★★★
今度は集中山行か沢の遡下降などもっと難度の高いところに行きたいなぁ