冬合宿A隊 爺ヶ岳東尾根

爺ヶ岳2
山域:後立山連峰 爺ヶ岳東尾根
メンバー:なべ岳(L)、シュー、gaku
12月28日(木)
相模原・大阪=信濃大町=大町運動公園(幕営)
 gaku、なべ岳は、相模原を20:00頃出発。大阪在住のシューと23:30に信濃大町駅で合流。大町市運動公園内の駐車場にて幕営。積雪が残っているところもあるが、駐車場に積雪はほとんどない。公園内のトイレも使用できたので、快適な一夜だった。他の車中泊者、幕営者見当たらず。
12月29日(金)
大町運動公園(7:30)=鹿島山荘(8:15)〜ジャンクションピーク〜
P2(2198m)直下(16:00)(幕営)
 7:00の雪崩ネットワークの更新情報を見ると、白馬エリアは森林帯〜アルパインエリアまで全て危険度が(High)になっていた。
 取り付きの鹿島山荘(閉鎖しているようだった)の前の道路傍にはすでに数台の車が駐車されていた。除雪をして駐車スペースを作った。B隊の3人は少し前に到着していて、合流して出発。 
 鹿島山荘の脇を通ってすぐに石碑があり右に進む。涸れ沢を渡ってすぐの急な尾根が東尾根の取り付き。車からおよそ5分ほどのアプローチだった。
 取り付き直後に木が生えていない斜面があり、雪崩に要注意。(下山時にデブリになっていることに気づいた。)
 すぐに大学生パーティーに追いつき、追い越す。予想以上に多くのパーティーが入山しているようだった。B隊とは次第に離れて、途中から別行動になった。
 ジャンクションピークから先もトレースは伸びており、苦労せずに歩を進めた。途中、ナイフリッジ状になっている箇所があったが、トレースがあるのと、他のパーティーがフィックスしたと思われるロープが張ってあり、問題なし。トレースがなければ、ロープを出していたかもしれない(30mを持参)。灌木があり、支点は取れそうだった。
 樹林帯で幕営することも考えたが、結局P2直下まで標高を上げて幕営した。幕営地近くではトレースがなくなってラッセルを味わい、強風にも曝せれて、厳冬期の北アルプスを少し感じることができた。
12月30日(土)
幕営地(8:45)〜P1〜爺ヶ岳中峰(12:50)〜1850m地点(幕営)(16:00)
 昨夜からの降雪で、テント周囲の積雪は30〜40cmはありそうだった。7:00に雪崩ネットワークの更新情報を確認すると、白馬エリアは森林限界〜アルパインエリアは(Modarate:留意)になっている。が、よく読むと森林限界〜アルパインエリアでどのくらいの積雪量があったかは不明とあり、ほとんど参考にならないようだった。天気予報は、1日良く行動に支障はないが、稜線上は15〜20m/秒ほどの強風のようだ
 テント周囲の積雪は、湿雪のようだが安定性はない。地形図とにらめっこをして、どの辺りが雪崩のリスクが高い地形か確認し合う。とりあえず、降雪直後であることを考えて、9:00頃から行動開始をすることにして準備をした。
 テント脇で大の方をしていると、後続パーティー(以下後P)が上がってきた。ちょっと待ってもらった・・・。
 P2直下の斜面は見た目やや不安だったが、後Pが登るのを見ていると雪は締まっているようであった。
 暁パーティーも行動を開始して、しばらく一緒に登っていたが、後Pはこれからの天候悪化が心配なので11:00をめどに下山をするとのこと。3人でのラッセルになり、急にペースが落ちた。進軍に苦労していると、今度は上から法大山岳部パーティーが下りてきた。10人近い大人数だったのでまたトレースがありそうだったが、所々で残っているが、強風下では一瞬で消えてしまうようで、ラッセルが続き、やはりペースがなかなか上がらなかった。
爺ヶ岳3
爺ヶ岳5
 しかし、冷池方面への縦走も想定して全装備で行動していたので、焦りはなく山頂に向けて確実に歩を進めていった。山頂直下は、強風の影響だと思われるがラッセルはなく適度に雪が締まっていて登りやすく、意外とあっと言う間に山頂に飛び出た。
 山頂での強風と、明日以降の天候悪化があり、冷池方面への進軍は全く考えることなく下山を選択した。(後で聞いたところ、シューは未練があったらしかった。)
 下山時もラッセルと、30m/秒はありそうな相当な強風下での行動だった。狭い稜線上でも強風に曝されたので教科書的な耐風姿勢など取れず、なんとかやり過ごした感じだったが、良い経験になった。
 山頂ではガスに覆われていたが、下山途中で空は晴れ渡り、東側が白く輝いた鹿島槍を見ることができた。
 16:00頃まで行動して、1850m地点の樹林帯で幕営した。
爺ヶ岳4
12月31日(日)
幕営地(6:30)〜ジャンクションピーク〜鹿島山荘(9:30)=相模原
 西から低気圧が近づいてきていたが、まだまだ雲は高く、日の出も見ることができた。
 ジャンクションピークには、20人は泊まれそうな立派なテントサイトが設営されていた。テントにはDAAC(防衛大山岳部)と印されていた。
 取り付きの急な尾根の斜面を慎重に下り、無事に下山して握手を交わした。
 上原の湯に立ち寄り、信濃大町の昭和軒でソースカツ丼、かつ重をいただき、横浜に帰省するシューも一緒に帰路に着いた。渋滞なく、順調に相模原に到着した。

 

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