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横尾山・小川山

期 日:2023年5月26日~27日
参加者:Lレー子、ダイヤ、ヨッシー、ケージ(暁OB)

5月26日(金)晴れ時々曇り
信州峠(11:12)-カヤトの原(11:48)-横尾山(12:10~12:33)-カヤトの原(12:52)-信州峠(13:23)=瑞牆山荘駐車場(13:50~14:10)-富士見平小屋(15:00)

昨年7月、名誉会長の磐梯山追悼登山でケージとヨッシーが日帰り参加となったため、宴会山行を計画し名誉会長の思い出話しをしようね、と約束していたが諸般の事情で延び延びになり、ようやく実現することができた。

ダイヤさんは26日午前中用事があるため遅れての参加。ケージ、ヨッシー、レー子の3人で韮崎駅に9時50分集合。ヨッシーの車で信州峠に向かう。本日は瑞牆山荘に近い横尾山に信州峠からの往復とする。このルートは暁山岳会50周年記念登山でコーノさんが清里駅から瑞牆山荘までを繋いでくれたルートの一部で、ロングルートを歩いてくれたコーノさんに感謝しながら信州峠を出発。峠には車5~6台は駐車可能。気持ちの良い樹林帯を緩やかに登り、わずかな急登を登りきるとカヤトの原に出る。ここからは展望が開け、金峰山や明日登る小川山、眼下には川上村のレタス畑が広がる。ケージは学生の頃、夏休みに1ヶ月レタス農家に住み込み、毎日小川山を眺めていたのでいつか登りたいと思っていたとのこと。

山梨100名山の横尾山に到着。山頂から先、清里方面への踏み跡が続いている。それなりに歩かれているようだ。山頂で記念写真を撮り下山開始。

横尾山山頂

信州峠からは再び車に乗り瑞牆山荘に向かう。駐車場は平日にもかかわらず、かなりの車が止まっている。先週末の瑞牆山は大渋滞だったとか。出発の準備をして13時59分着のダイヤさんを待ち、富士見平小屋を目指す。わずか50分の登りで富士見平着、すでにたくさんのテントが張られている。テント場代はひとり1000円だが、ソロテント4張りは張れそうなウッドデッキが3ヶ所あり誰も張っていない。板張り利用は1張り500円とのことで、+500円払いヨッシーのほぼ新品のエスパースマキシム4~5人用を張り宴会開始。昔の合宿など、思い出話しに花が咲き、宴会は21時近くまで続いた。翌日ヨッシーは17時までに帰宅しなければならないので、朝4時30分出発として就寝。

5月27日(土)晴れ時々曇り
富士見平小屋(4:49)-小川山分岐(5:10)-伐採小屋跡(5:30~5:40)-八丁平(6:10)-瑞牆山東尾根分岐展望台(6:40~6:50)-シオサブの頭(7:13)-小川山(8:00~8:26)-八丁平(9:50)-富士見平小屋・テント撤収(10:47~11:22)-瑞牆山荘駐車場(11:58)

3:30起床、各自簡単な朝食を済ませて出発。瑞牆山に向かうルートを20分程進み小川山方面にルートを取る。ここからは静かな山歩き。沢沿いに緩やかに登り沢を渡渉。ここは伐採小屋跡地で多少小屋の残骸はあるものの、静かで気持ちの良い沢の源流部。焚火跡もあり最高の幕営地だ。八丁平を過ぎると瑞牆らしい岩混じりの急登がしばらく続く。やがて瑞牆山東尾根の分岐手前で踏み跡を登ると4人立つのがギリギリの岩場に出る。本日最高の絶景ポイント。

絶景ポイント

瑞牆山、金峰山五丈岩が間近に見える。絶景ポイント少し先に「小川山-金峰山」の標識がありここが瑞牆山東尾根ルートの入口になる。ここは破線ルートにもなっていないが、踏み跡ははっきりしており、それなりに歩かれているようだ。ここからは緩やかな長い樹林帯の歩きとなるが、途中「シオサブの頭」と小さなプレートの付けられたちょっとした岩場を通過。その先で小川山ルートに入って初めての登山者とすれ違う。廻り目平から小川山に登り、この後金峰山から廻り目平に戻るとのこと。登山者とすれ違った直後、小さな岩場を先行した田中が右から回り込むルートに進んだが、後続が来ず、その場から尾根に上がれそうではあったがルートミスと判断し、一旦戻って岩場を乗越し3人に追いついた。帰りに確認すると巻きルートには白ペンキが付けられていた。この小川山ルートはしっかりした登山道ではあるが、やはり破線ルートなので注意が必要だ。廻り目平からのルートと合流すると間もなく小川山山頂に到着。

小川山山頂

クライマーの聖地・小川山とはかけ離れた樹林帯の中の地味な山頂だが、昨日に続いてここも山梨100名山。吉原さん以外は初めての小川山登頂に満足して下山開始。計画では大日岩経由で富士見平に戻る予定だったが、だいぶ時間がかかりそうなので往路を戻ることとし、伐採小屋跡でゆっくり休憩してテント場に戻るが、瑞牆山との分岐まで戻ると喧噪の世界に引き戻されてしまった。小屋に戻りテントを撤収。整備された良いテント場だったが、やはり伐採小屋跡のような誰もいない静かな場所での幕営が好きだなぁ、と思いながら下山開始。瑞牆山荘駐車場は既に満車で道路の両脇にもびっしり駐車されており、人気の山域だと実感。次回の宴会山行はもう少し静かな暁らしいテント場を探そう!

(記 レー子)

会山行 入笠山〜程久保山

期 日:2022年3月5日~6日
参加者:(山スキー)Lレー子、オヨシ、ヒー(スノーシュー・ワカン)ヨッシー、なべたけ、しげちゃん(日帰り)そうべぇ、いずっこ

3月5日(土)曇り後雪、強風
沢入登山口(8:30)-入笠湿原(10:00〜10:30)-御所平峠~旧スキー場上にてビーコントレ(10:30〜11:30)-入笠山山頂(11:50〜12:00)
【日帰り】御所平峠-入笠湿原往路下山)-沢入登山口(13:15)
【泊まり】首切清水-大阿原湿原(13:00〜13:30)-湿原入口周辺樹林帯(13:40)幕営

当初の計画は新潟の東谷山から日白山の予定だったが、週間予報はずっと悪く土曜日の午後は雨、その後暴風雪。直前になっても好転の気配なく、雪があって天気の比較的良いのは入笠山しかなかった。悩んだ末、前日になって入笠山からおまけで釜無山をプラスした計画に変更した。

いつもはゴンドラで楽々登るが、今回はトレーニングのため沢入登山口から登ることとする。しばらくは雪が途切れているためスキー隊は板を背負って夏道を登る。まもなく雪が繋がり板を履くが、つぼ足隊からは遅れる。山彦荘横のトイレ前で全員合流。それにしても手軽に雪山に登れるためか人が多い。

御所平峠からは踏み固められた夏道を避け、ワカン、スキーで旧スキー場を直に上がる。その先の樹林帯でビーコンの電波特性の理解と複数埋没の捜索練習を全員で行う。みんなもったいないことに自分の高価なビーコンの機能を十分理解していない。今後はリスク管理のためにもシーズン初めにビーコンのトレーニングを実施するのが良いと思う。また、スマートフォンがビーコンの電波に干渉するとのことで、実際に発信モードのビーコンとスマートフォンを重ねると、捜索モードで数メートルまで接近しないと電波を受信できないことが実際に確認できた。

ビーコン捜索、講習で得た知識や技術を共有

日帰り組の下山時間もあるので、1時間程度のトレーニングの後山頂を目指す。山頂に近づくにつれて非常に風が強くなる。いつもは穏やかでぐるぐるっと360度山が見える山頂だが、本日は強風と黄砂なのか黄色く霞んで山は全く見えない。

入笠山山頂で記念撮影!キマってる!?

長居は無用と、御所平峠に下山する日帰り組と分かれて首切清水に向かう。ほとんどの登山者は御所平峠への夏道を下るため、人は少ないが雪面はスノーシューなどのトレースで荒れており、スキー隊は泊りの重荷で板を取られないように慎重に下る。林道に出て大阿原湿原に向かう。湿原まで行く人は少ないがそれほど時間がかかるわけではないので、ちょっと足を延ばすだけで静かなスノーハイキングが楽しめそうだ。

大阿原湿原は当然のことながら強風が吹き荒れており、ヨッシーが幕営地の偵察に行き適地を見つけて戻って来た。いつも思うことだが、ヨッシーの幕営適地を探す能力は天性のものなのか、人間とは思えない…。

大阿原湿原から沢入駐車場に下る林道をわずかに進んだ樹林帯を幕営地とし各自テントを張るが、しげちゃんは退路を断ってテントを持ってこなかったため、イグルーに挑戦。残念ながら天井が塞げず、テントのグランドシートを借りて屋根として完成。一晩快適に過ごせたらしい。

イグルー作り、個性が出ます

夕方から雪が降り始め夜間も降り続いたが、樹林帯の中で風もなく静かな夜だった。

3月6日(日)晴れ後曇り
幕営地付近にて積雪断面観察・弱層テスト・救助トレ
(6:00〜8:00)-幕営地(8:30)-程久保山(9:30〜9:40)-幕営地(テント撤収)(9:55〜10:50)-林道下山-沢入登山口(11:25~12:10)

本日は昼頃から再び天候が崩れると思われ、まったくトレースのない釜無山往復には時間もかかりそうなので、幕営地付近でまずトレーニングをすることとした。積雪深90~100㎝、まず積雪断面を掘り出し、層の雪質、硬さの変化などを観察する。結合力の弱い「しもざらめ雪」も観察できた。弱層テストとしてコンプレッションテストと簡易的なハンドテストを練習、その後V字ローテーションで埋没者の掘出しを行い、低体温の要救助者への対応として隔離・保温・加温の原則を確認した。プラティパスを使っての体幹湯たんぽには反対の意見もでたが、北海道警ではこれにより低体温症の救助が革新的に進歩したといい、山岳医療救助機構でもこれを推奨しており、雪崩の捜索技術はもちろんだがファーストエイドの知識・技能のアップデートも必要だな、と思う。

コンプレッションテスト
要救助者への対応

トレーニングは繰り返し行うのが効果的だが、だんだんみんな飽きてきたようなので、テントをその場に残して、釜無山方面の行けるところまで行くことにした。ちょうどそこに沢入登山口から林道を登って来た山スキーの二人に出会った。今や人気のマナスル山荘のビーフシチューを予約してあるのだと言う。昨日はピラタスから登り蓼科山での山スキー講習に参加したがそうだが、荒天のため入笠に移動してきたとのこと。

我々はトレースのない林道をラッセルして進むが、山スキーやスノーシューに比べワカンは大変そうだ。しばらく進むと釜無山が遥か遠くに確認でき、みんなの心から山頂を目指す気持ちが消えた。それでも程久保山まで登ろうと、林道から切り開かれた斜面を登る。標識もない山かと思ったが、ピークには小さな「程久保山1977m」のプレートがあり、今回の最高峰だ。

程久保山のピークのプレート

林道までは快適な斜面を滑るが、林道から幕営地までは時々漕ぎながらの緩やかな滑りを楽しむ。
テント撤収後、朝登って来た二人からの情報では、林道は沢入駐車場まで雪が繋がっているとのことで、スキーに有利な林道を下山することとした。スキー隊到着から40分程度の遅れでスノーシュー、ワカン隊が到着。その頃には再び雪が舞い始めていた。

越後方面の積雪量にはおよばないが、ひと通りの雪崩トレーニングができ、入笠と思えない静かな雪山が楽しめて良かった。今回おまけで計画した釜無山まで行けなかったが、体力のあるうちに釜無山から白岩岳、鋸岳に行きたいなと帰宅後地図を眺めながら思った。

(記 レー子)

会山行 赤岳(真教寺尾根)~清里駅

期 日:2019年10月5日(土)~10月6日(日)
参加者:Lそうべぇ、SLレー子、コバヤン、みの、オヨシ、ヒー、かじさか、たによし、こー平、いずっこ

50周年記念登山も大詰めを迎えた。チーフリーダが八ヶ岳エリアの硫黄岳から赤岳・編笠山までをつなぎ、残すところは赤岳から清里駅となった。冬が来る前に記念山行はすべて終わらせる目標を持っていた。そして秋が深くなる前に主だった山々を踏破できることで肩の荷を一つ下すことができた。残すは、伊勢原から大磯海岸までの行程。日本海と太平洋を海水により繋ぎ合わせるのみとなる。また、今回の山行はなかなか顔を合わすことができなかったメンバーの参加や10月に誕生日を迎えるメンバー、そして還暦を迎えるメンバーなどのちょっとした記念パーティ的な意味合いも含み賑やかな山行となるだろうと期待した。今回も複数パーティに分け、赤岳頂上から清里駅に向かうパーティと美濃戸山荘に戻り車を回収するパーティに分け行動した。

10月5日(土)晴れ
美濃戸山荘前駐車場(9:35)-行者小屋(11:50)幕営
プラス阿弥陀岳往復:Lオヨシ、こー平、いずっこ

横浜線橋本駅に6時30分集合し、美濃戸山荘前駐車場を目指した。美濃戸口の駐車場がほぼ満杯だったので、美濃戸山荘前駐車場も満杯であろうと想像し美濃戸口での駐車場所を探したが無駄だった。あきらめ計画通り美濃戸山荘に向かうと車のキー預かりを条件に車を止めることができた。かじさかさんとたによしさんはパーティ用のケーキをピックアップするため橋本出発を遅らせ、行者小屋で合流することとした。
天気は晴れ、気分も上々だ。この時期に八ヶ岳に入るのは何年ぶりだろうか、久しぶりである。もしかして私は会山行として入ったことはないと思う。冬のトレーニング山行として赤岳や天狗岳には毎年のように来ている。雪のない八ヶ岳もまたいいものだ。行者小屋までの行程はアップダウンもそれほどなく比較的歩きやすく、2時間30分ほどだ。ひと汗かき程よい気持ちになった12時前に行者小屋に到着した。小屋前の広場では多くの登山客が思い思いに休憩をし、また宿泊客と思われる登山者は八ヶ岳連峰を眺めていた。飽きることのない景色だ。テントも多く張られており、私たちは大型テント2張りなので、張る場所を探すのに苦労した。張った場所は小屋前の通り道沿い、張れることは小屋の従業員に確認をしておいた。なかなかいい場所である。設営後、オヨシをリーダーとしてこー平、いずっこの3人で阿弥陀岳往復隊を結成し向かった。若いメンバーなので、行者小屋までの行程では物足りないのか、元気よく出かけて行った。残るメンバーは山を見ながらの生ビールタイムを満喫した。オヨシたちが戻ってからはレー子さんとたによしさんの還暦祝いとかじさかさん、そうべぇの誕生日祝いを開催。

行者小屋にて誕生パーティー!
誕生日ケーキ

還暦衣装に身を包みケーキを持って祝福された2人は、行者小屋周辺にいた大勢の登山客からも盛大な拍手をいただきパーティに花を咲かせた。これは、ちょっと恥ずかしかった。

10月6日(日)曇り時々晴れ
行者小屋(5:55)-赤岳山頂-(地蔵尾根)-行者小屋(8:55)-美濃戸山荘前駐車場(9:55)=清里駅(11:00)

この日は3パーティに分かれ行動した。みのさん、かじさかさん、たによしさんは行者小屋から美濃戸山荘前駐車場に直接下りコバヤンの車をピックアップし、たによしさんの車と2台で清里駅に向かった。途中で温泉に立ち寄りのんびりと体を休めたようだ。11時にそうべぇが清里駅に到着し合流した。その後、コバヤンの車を清里駅前に駐車し、かじさかさん、たによしさん、みのさんはたによしさんの車に乗り帰路についた。みのさんは小淵沢駅で下車し、電車にて仕事が待つ滋賀に帰っていった。
行者小屋を全員で5時55分に出発。テントなどの共同装備の一部はみのさんが預かりかじさか、たによしさんとともに美濃戸に下山した。ほかのメンバーは赤岳に向かった。赤岳山頂で記念写真をとり、その後2隊に分かれ、そうべぇ単独で地蔵尾根経由で行者小屋から美濃戸山荘前駐車場へと向かった。この日もいい天気で気持ちがいい。赤岳山頂は多くの登山客であふれ展望を楽しんでいた。レー子さんをリーダーとする真教寺尾根を清里駅につなぐ隊と別れ地蔵尾根へと向かった。景色を楽しみながら地蔵尾根を下り行者小屋へと到着。小屋にデポしていた荷物を持って、美濃戸山荘前駐車場へと下った。そうべぇの車を回収し清里駅へと向かう。途中かじさかさんに到着時刻を知らせるため電話をしたところ、立ち寄り湯から出るところだという。「そうべぇも来ますか」とのお誘いだったが、すでに車はその場所を通りすぎていた。清里駅近くで待ち合わせをすることにした。11時に無事合流できた。真教寺尾根隊の下山時刻が分からず、みのさんの帰宅時刻も気になることから、真教寺尾根隊の下山を待たずに帰宅してもらうことにした。
夏を思わせるような日差しの中、清里駅のベンチでのんびりとしていたところこー平からLINE連絡が入った。30分ほどで清里駅に到着の距離だ。ソフトクリームのお店を見つけといてくださいとの要望があったので探すことにした。その昔ならばどのお店にしようかと迷うほどお店があったと思うが、今ではソフトクリームを販売しているお店は1件のみ、探すほどでもなかった。時代の移り変わりを感じる。寂しいと思うより、静かな風景、もとに戻ったなとの印象を受ける。真教寺尾根隊と無事合流し、みんなでソフトクリームに舌鼓をうった。

(記 そうべぇ)

10月6日(日)曇り時々晴れ
真教寺尾根隊 Lレー子、コバヤン、オヨシ、ヒー、こー平、いずっこ
行者小屋(6:00)-文三郎尾根-赤岳山頂(7:30)-真行寺尾根-牛首山(10:05)-賽ノ河原(10:53)-美し森(11:52)-清里駅(12:35)

前日美濃戸山荘から行者小屋まで入る。今回の山行は赤岳と清里駅を繋ぐことが最大の目的だが、昨日は行者小屋でのんびりし、久しぶりにたによしさんも参加して、たによしさん・レー子の還暦祝いもしてもらう。行者から下山するメンバーにテントなどの共同装備を託し、文三郎経由で赤岳に向かう。紅葉時期のため人が多く、鎖場は順番待ちとなる。赤岳山頂も写真を撮る人であふれている。

赤岳山頂

なんとか50周年手ぬぐいを出して記念写真を撮ると、座間市在住と言う女性から声を掛けられる。山岳会を探しているが、暁はガチな山岳会だから入会をためらっている、とのこと。50周年を迎え、その評価に恥じない山岳会を維持して行けると良いのだがと心の中で思う。
山頂で美濃戸山荘の車を回収するそうべぇさんと別れ、我々は真行寺尾根を下ることとする。真行寺尾根から荒々しい赤岳沢をのぞき込む。赤岳沢の事故から9年、現場に残されたなかじんさんのザックがずっと気になっているが、いまだに赤岳沢に入る気持ちになれない。鎖場が続き、途中踏み跡に誘われて、尾根を外れてガレ場に入りかけた。一般登山道だからと甘く見てはいけないと思う。牛首山までは思ったより長く、疲れる下りだった。

牛首山山頂

前夜隣のいびきによる寝不足も影響しているかもしれない。ようやく賽ノ河原に到着。ここからゴールは近いと思っていたが、水平距離では赤岳~賽ノ河原より賽ノ河原~清里駅のほうが長い。美し森ではソフトクリームにみんな心惹かれたが、そうべぇさんが待つ清里駅までお預け。登山靴での長い車道歩き、12時40分清里駅に到着。そうべぇと合流し、駅をバックに記念写真を撮影する。

清里駅前

1月19日の大山からスタートしたビッグバンド・トレイルも、残すところ伊勢原駅から大磯海岸のみとなり、みんな感慨にひたりながらソフトクリームを頬張った。

(記 レー子)

会山行A隊 雁坂峠~笠取山

期 日:2019年9月14日(土)~9月15日(日)
参加者:Lレー子、ヒー

9月14日(土)晴れ後曇り・ガス
相模原(6:30)=雁坂トンネル入口駐車場(8:45)-沓切沢橋・林道終点-雁坂峠(11:17)-水晶山(11:50)-古礼山(12:20)-燕山(13:03)-雁峠(13:35)-分水嶺-笠取山[山梨百名山](14:15~14:22)-分水嶺(14:40)-笠取小屋(14:50)

奥秩父の残りルートを繋ぐため、2パーティに分かれてスタート。我々女性パーティは2週間前下山した雁坂峠に再び同じルートで登り、我々を降ろした男性陣は作場平橋の駐車場に向かい、そこから笠取山に登り将監小屋に幕営し、三條の湯に下山してくるので、作場平に下山した我々が車を回収して後山林道の片倉橋まで迎えに行くと言う計画。
前回は釜の沢を遡行してからの下山のため、雁坂峠からの下りは結構疲れたが、本日は登攀具もなく楽だ。最後の急登を登り雁坂峠に到着。

雁坂峠

今日は天気も良く、時間的にも早いため、峠には数パーティの登山者が休んでいるが、交通の便が悪いためか我々の行く笠取方面に行くパーティはいないようだ。

古札山山頂

ここから古礼山方面は笹原の稜線で美しい。峠からしばらく行くと「見返り雁坂峠」と書かれたビューポイントがあり、振り返ると青空と笹に覆われた山肌が本当に美しい。ただ、青空はこの辺りまでで、水晶山あたりから古礼山周辺では濃いガスに覆われ、苔むした樹林帯が一層幻想的に見えた。

水晶山山頂

雁峠に到着。時間的にも早く、翌日は天気が崩れる予報だったため、分水嶺にザック(地図も)をデポして笠取山山頂を往復することとした。

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笠取山(西峰肩)山頂

地図には山頂が西と東に二つあると書かれていたため、最初の山梨百名山と書かれた笠取山の標識を超え、次の岩峰まで行ったが特に標識はなく、少し不思議に思ったがその先は下っているためそこから引き返した。しかしB隊は笠取小屋を通らないルートを取ったため、結果的に山梨百名山の西ピークと1953mの東ピークの間が繋がっていないことが下山後発覚した。一般ルートでも地図は大切。
分水嶺に戻りザックを回収、整備された登山道を下ると間もなく笠取小屋。バイオトイレもあり、樹林帯の中の気持ちの良いテント場。小屋のおじさんに指示された場所にテントを張る。3時になるとたくさんの鹿たちが集まってきて、おじさんから餌(ドッグフード)をもらって食べている。樹木を鹿の害から守るために餌を与えているのだと言う。たくさんの鹿たちに、隣のテントの坊やは興奮気味。小屋前のテーブルで宴会をしているパーティもいたが、霧で濡れそうなのでテントに入り、B隊と違い上品に夕食を済ませ早々に眠りに就いた。

9月15日(日)晴れ
幕営地(6:20)-一休坂分岐-作場平橋・車回収(7:16)=後山林道・片倉橋

明け方までテントを叩く雨音がしていたが、朝起きてテントから出ると東の空は朝日に輝いていた。B隊との合流時間を考えゆっくり出発。小屋の水場を水源として流れ出る沢沿いに付けられた道を下るが、辺りは苔むした日本庭園のように美しい。数人の登山者やトレランのランナーとすれ違ったが、交通の便が良ければ、もっと大勢の登山者が押しかけて、この美しい自然を維持できないかもしれないと感じた。
駐車場で車を回収し、時間もあるので道の駅「たばやま」に向かうが、温泉は10時から。前日の予報に反して晴れて暑い。せっかくなので芝生の上でテントを広げて干し、10時前にはすっかり乾燥し、温泉で汗も流し、2時間くらい待つ覚悟で後山林道に入る。悪路を進み片倉橋の駐車場に着くとおじさん3人が休んでいる。予想に反して早く到着した様子、話を聞けばどうやら三ツ山のピークを省略したらしく、笠取山のピークも含めて打ち合わせ不足により宿題を残しての山行となった。

(記 レー子)

甲武信ヶ岳(釜ノ沢)~雁坂峠

期 日:2019年8月31日(土)~9月1日(日)
参加者:Lレー子、なべたけ、わたゆき、コバヤン、みの、ヒー

8月31日(土)曇り時々晴れ
相模原(6:00)=西沢渓谷入口駐車場(8:10)-鶏冠谷出合(9:00~9:10)-釜ノ沢出合(12:18)-千畳のナメ(12:34)-両門ノ滝(13:19)-幕営地(14:20)

前日雨のため増水を心配したが、西沢渓谷入口駐車場から見る限り、濁りもなく平水のため予定通り釜ノ沢に入ることとする。車1台を下山口の雁坂トンネル入口に移動して出発。つり橋を渡り東沢に入り、鶏冠谷出合で沢靴に履き替えていると、男性3人パーティが到着。彼らは鶏冠谷に入るようだ。釜ノ沢は久しぶりだが、登山道は大分荒れており、結局山の神を確認することができなかった。
東のナメ、西のナメを眺めながら本流を進む。スラブのへつりでヒーさん、わたゆきさんは時々ドボンするが楽しそう。

千畳のナメを歩く

釜ノ沢出合からすぐの魚止めの滝は以前あった倒木がなくなり、ほんの一歩が辛いが、無事クリアして美しい千畳のナメをひたひたと歩く。

水がキレイな両門の滝

両門の滝で東俣に入りヤゲンの滝を超えてしばらく行くと広い幕営適地で、比較的高齢の6人ほどのパーティがタープを張り濡れたものを干していた。十分我々が張るスペースはあったが、翌日の行動時間を考え先に進む。そこから10分ほどで、みのさんが言うには以前会山行で幕営した場所に到着。わたゆきさんがやや遅れるようになり体力的にきつそうなので、そこを本日の幕営地とする。やがて後ろから来た5、6人のパーティは対岸で幕営準備を始めた。

焚火を囲んで

焚き木を集めて久しぶりの焚火。みんなが寄って集って火をかまうので、着いたと思ってもやがて消えてしまう。みのさんを火守り爺に任命し、ようやく立派な焚火を熾すことができた。天気予報はあまり良くなかったが、夜空には満天の星。

9月1日(日)曇り
幕営地(5:30)-水師沢出合(6:30)-木賊沢手前支沢(6:50)-山頂から西、標高2400m地点の稜線(8:48~9:05)-甲武信ヶ岳(9:14~9:22)-甲武信小屋(9:35~9:50)-笹平(10:40)-西破風山(11:30)-東破風山(11:59)-雁坂嶺12:50~13:00)-雁坂峠(13:27~13:33)-沓切沢橋・林道終点(15:03)-雁坂トンネル入口駐車場(15:36)

ふつうは甲武信に抜けて下山するだけだが、本日は雁坂峠まで行かなければならないため、5時30分の出発とする。

安全なルートを探しながら登る

水師沢までは順調に進むが、二股で左の支沢に掛かる滝を3段30mスラブ滝と誤認、分岐の本流側にケルンがあったが、その地点から支沢の滝を巻く明瞭な踏み跡あり、巻き道を示すケルンと思い支沢に入ってしまった。踏み跡からすると多くのパーティがこのルートに入っていると思われる。それなりに楽しく登れる滝が連続するが、なかなか甲武信小屋のポンプ小屋が出てこない。おかしいと思う頃、左からの大崩壊地に出る。みのさんのGPSで現在地が確認できたが、ここから戻るのも大変なのでそのまま支沢を詰め、最後のギリギリで左の樹林帯に逃げ、藪漕ぎなしですぐに登山道に出ることができた。沢靴を履き替え、僅か10分で甲武信ヶ岳の山頂に立った。

甲武信ヶ岳山頂

記念写真を撮り、甲武信小屋でトイレと水の補給をして早々に先を急ぐ。その先はアップダウンもあり、疲れた体には応えるが、笹平は笹の草原が美しく、避難小屋も快適そうだった。

雁坂峠

ようやく雁坂峠に到着。雁坂峠は日本三大峠で、あとの二つは針ノ木峠と三伏峠であることを看板で学び、下山を開始する。

破風山山頂

以前ナメラ沢の下山時にここを下っているが、その頃はもっと若かったためか気にならなかったが、思いのほか長い下りだ。みんなヨレヨレになって雁坂トンネル入口の駐車場に到着した。1台移動しておいて本当に良かった。
その日のうちに関西に帰るみのさんを塩山駅で降ろして相模原に帰り、長い一日は終わった。

(記 レー子)

烏帽子小屋~裏銀座~上高地

期 日:2019年8月9日(金)~8月12日(月)
参加者:レー子

8月9日(金)晴れ
七倉山荘=高瀬ダム(6:00)-ブナ立尾根取付き(6:27)-三角点(9:10)-タヌキ岩(9:20)-烏帽子小屋(10:36~10:52)-三ツ岳(12:33)-野口五郎小屋(14:08)

前夜23:00新宿発の毎日アルペン号に乗車する。バス乗り場には各方面に向かう登山者が大勢集まっており、行き先別に順次到着するバスにそれぞれ乗り込んで出発して行く。乗車予定のバスは七倉、扇沢で乗客を降ろしたあと、白馬方面に向かうと思っていたが、七倉までの乗客が多いため、大型バス1台が全員七倉行きとのことで、寝過ごす心配もなくなった。やや遅れて出発し、間もなく消灯となったが、途中3回もトイレ休憩があり、睡眠不足の状態で七倉に到着した。予定通り3時45分の到着のため辺りは真っ暗だったが、7月会山行で来ているので、トイレの場所など勝手が分かり助かった。高瀬ダムまでのタクシーは5時30分にゲートが開かないと入れないが、ゲートの前で出発準備をし、歩いて高瀬ダムに向かう人達もいた。
5時過ぎにタクシー数台が上がってきて、大勢の客を乗り合いで乗せて行くため、一人700円で高瀬ダムに行くことができた。
ダムから30分ほどトンネルや河原を歩くと北アルプス3大急登と言われるブナ立尾根の登りが始まる。朝から日差しは強かったが、しばらくは樹林帯のため急登とは言え、強い日差しの稜線歩きに比べると楽だった。ブナ立尾根には取付きが10番から烏帽子小屋が0まで途中に番号がふられており、2208.5mの三角点が4番で半分を過ぎたことに安堵する。多くの登山者は小屋泊りらしく小さなザックで登っており、テント泊のザックではペースは上がらない。脱水に注意してこまめに経口補水液を飲む。途中ですれ違ったパーティは一昨日ヒョウに降られ、低体温症になると思ったとのこと、こんなに暑いのに山の天気はやはり怖いなと思う。
ようやく烏帽子小屋に到着。烏帽子岳の山頂は省略して先を急ぐ。あとは急登もなく楽しい稜線歩きと思っていたが、雲ひとつない青空、11時を過ぎ暑さもピークとなり、睡眠不足の体にはひどくこたえる。三ツ岳への登りで70歳過ぎと思われるご夫婦とすれ違う。昨日奥黒部ヒュッテを出て12時間かけて読売新道を登り、今朝水晶小屋を出てブナ立をこれから下るとのこと。赤牛岳を眺めながら楽しそうに話してくれる二人を見ていると、諦めかけた読売新道も行けそうな気がしてきた。ただ、ご主人からはザックが大きすぎるよと最後に指導を受けた。
読売新道を眺めながら野口五郎小屋に向かうが、いつまで経っても小屋は見えない。過去の記憶では烏帽子小屋から野口五郎小屋はすぐだったはずだが・・・。途中走ってきた烏帽子小屋で働く青年に追い越され、野口五郎小屋で用事を済ませて戻る彼と再び出会った時、あと1時間あれば着きますよ、と言われ愕然とした。それでもなんとか1時間かからず小屋にたどり着くことができた。
以前来たときは小屋の前がテント場で幕営できたが、テントが風で飛ばされるなど事故も多いことから国に返還したとのこと、今見ると大岩がゴロゴロしており、とてもテントを張れるような場所ではない。しばらく小屋の外でのんびりしながら、小屋の方や救助隊の方と話をしたが、やはり一昨日はこの辺り一帯でヒョウが降ったとのこと、小屋の周りの写真も見せてもらったが、地面が隠れるくらい積もっていた。
テントの装備を背負っているが、幕営禁止のため本日は慣れない小屋泊り。食糧、燃料の装備を減らそうと夕食付で予約しておいた。平日と言うこともあってか小屋は空いていて、女性部屋はもう一人の単独の女の子と二人きりでゆったりできた。睡眠不足を解消するため早々に寝る。

8月10日(土)晴れ
野口五郎小屋(4:30)-野口五郎岳(4:50~4:57)-真砂分岐(5:33)-東沢乗越(6:48)-水晶小屋(7:50~8:00)-ワリモ岳分岐(8:34)-ワリモ岳(8:57)-鷲羽岳(9:40~9:52)-三俣山荘(10:45~10:55)-三俣峠(11:40)-三俣蓮華岳(12:03~12:10)-双六岳(13:35~13:409-双六小屋(14:30)

今日は何とか双六まで行きたいと、薄暗い中出発。野口五郎岳では任務の写真を撮らなければならないが、ちょうど相部屋の女の子がおり、記念手ぬぐいとともに写してもらう。

野口五郎岳山頂

水晶小屋までは人も少なく槍や赤牛岳、昨年行った薬師岳、剣岳など眺めながら、北アルプスの中心にいることを実感する。昨年秋、湯俣の橋が流され竹村新道は通行止めとなっていたが、昨日野口五郎小屋の情報では、橋の修復で昨日から通行可能になったとのことで、竹村新道の分岐には特に何の記載もなかった。水晶小屋まで来るといっきに人が増えた。山頂を往復すると1時間かかるため、次回読売新道まで取っておくことにして先を急ぐ。以前来たときは鷲羽岳に登らず雲ノ平に向かったため、今回は必ず鷲羽のピークを踏まなければならない。暑さ厳しくなりピッチは上がらないが、ようやく山頂に立つことができた。

鷲羽岳

こんなにそそり立つ険しい山なのに野口五郎岳より0.1m低いなんて。山頂からは三俣山荘のテント場がよく見える。まだ10時なのにたくさんのテントが張られている。三俣山荘で水を補給し三俣蓮華岳の山頂を目指す。過去に双六小屋ベースで山スキーに2回来ているが、黒部源流を滑りベースに戻ってもそれほど時間はかからなかったと記憶しており、三俣蓮華の山頂から眺める双六はすぐそこ、と思い歩き始める。

三俣蓮華岳

しかし緩やかな稜線にもかかわらず、暑い、重い。やはりスキーの機動力はすごいな、双六に来るなら山スキーしかない、などと考えながら苦行に耐える。山頂への最後の登りでライチョウの親子に遭遇。人が多すぎるためか、今回の山行でライチョウを見たのはこの時1回だけだ。

双六岳

ようやく双六岳山頂に到着し、記念撮影を済ませると、テント場が混まないうちにと急いで下る。だいぶ足にも疲れが溜まり、途中のザレで滑って後ろに転んだ際、ストックがザックの下敷きになり途中で折れてしまった。締める位置をずらして使用は可能だったが、こんなに簡単に折れてしまうのかとちょっと残念。14時30分、双六小屋到着。広いテント場だが、すでにテントはいっぱい。なんとか隙間を見つけてテントを張る。その後も薄暗くなるまで続々と到着し、条件の悪そうなところにも張っている。野口五郎小屋では小屋の外で立山方面を向くとスマホが使えたが、双六小屋では全く使用できず、台風10号の位置が分からないが、昨日の台風情報からするとなんとか下山まで天気は持ちそうだ。

8月11日(日)晴れ
双六小屋(4:40)-樅沢岳(5:13~5:26)-硫黄乗越(5:57)-左股乗越(6:49)-千丈沢乗越(8:13~8:20)-槍ヶ岳山荘(9:30)-山頂往復(9:55~11:10)-槍ヶ岳山荘(11:20)-殺生ヒュッテ(11:49)-播隆窟(12:03~12:13)-天狗原分岐(13:00)-大曲(13:35)-ババ平(14:00~14:10)-槍沢ロッジ(14:39~14:45)-二ノ俣(15:05)-一ノ俣(15:13)-横尾(16:01)

風もない静かな夜だった。空には満天の星。槍の肩まで行けば今回の山行は終わったようなもの、あと一頑張りと今日も薄暗い中を出発。初めての西鎌尾根、ずっと槍を眺めながらの稜線歩き、徐々に槍が大きくなってくる。千丈沢乗越の手前に何ヶ所か鎖場があるが、特に危険な場所はない。ただ歩きなれない登山者が下りで石を落とす場面があり、人為的な落石には注意が必要だ。
千丈沢乗越からは飛騨沢がよく見える。以前春合宿で志木さんと二人、飛騨乗越までの急な登りを帰りは楽しく滑ったことを思い出す。緩やかな稜線歩きからいきなり急な登りが始まる。富士山の九合五勺からの登りのようにピッチが上がらない。コースタイムでは2時間となっているが、なんとか1時間10分で肩までたどり着くことができた。小屋の周りは大勢の人で西鎌尾根とは別世界。山頂まではまだ渋滞していないようなので、休憩もそこそこに山頂に向かう。槍の山頂はヘルメット着用推奨で強制ではない。ここだけのために持ってくるのも荷物になるので持参しなかったが、石を落とされても困るので小屋で500円支払ってレンタルのヘルメットを借りた。登り始めると渋滞が始まり、結局登って降りるのに50分かかったが、山頂は快晴で360度の展望を楽しむことができた。

槍ヶ岳

小屋にヘルメットを返しに行くと、槍ヶ岳山荘のテント場は本日満席と書かれていた。計画では本日殺生ヒュッテ幕営としていたが、時間的に早いためババ平まで降りることとして下山を開始。登ってくるテント泊と思われる人には、上はもう一杯ですよと声を掛けながら下った。殺生ヒュッテのテント場はまだ余裕があったが、幕営予定のババ平は幕営禁止と書かれている河原までぎっしりテントが張られており、あきらめて横尾を目指すこととする。この時間になってもまだ登ってくる人が多く、今日はどこまで行くのかと心配になってくる。槍沢ロッジの前もあふれるほど人がいて、ゆっくり休むこともできない。やっぱり夏は沢だな、とつぶやきながら横尾に向かうが、3日間の疲れが溜まってピッチが上がらない。16時横尾到着、長い1日だった。横尾のテント場も混んでいるが、それでもまだ双六やババ平に比べれば、まだまだ余裕がある。ここは登山者よりもキャンプ目的で来ている家族連れが多い印象で、幕営地と言うより水もトイレもビールも豊富なキャンプ場。最後の夜を楽しもうと思ったが、ひとりのテントはすることもなく、疲れも手伝って早々に寝てしまった。

8月12日(月)晴れ
横尾(5:00)-徳沢(5:55~6:05)-明神(6:48~6:55)-上高地(7:37)

上高地はすぐそこ、最後の歩きをのんびり楽しめば良いのに、なんだか早く帰りたくなって5時に出発。徳沢のテント場もにぎわっていた。まだ7時30分だというのに河童橋には多くの観光客や登山者がいた。

上高地

お風呂に入りたいが小梨平のお風呂はまだ営業しておらず、上高地温泉に向かったが、五千尺ロッジの入口に貼られた入浴案内では結構距離があるようだ。いちばん近いのがバスターミナル横にある上高地インフォメーションセンター内のコインシャワーだと分かりバスセンターに向かう。きれいな施設で朝早いこともあり誰もおらず快適。はじめに施設使用料100円を支払い、お湯は3分で100円。6分200円で4日間の汚れをきれいに落とすことができた。お土産を見る暇もなく新島々行きのバスに乗り帰路に就く。4日間好天に恵まれ、雨具を着ることもなく裏銀座を楽しむことができた。

(記 レー子)

会山行B隊 七倉岳~蓮華岳~針ノ木峠

期 日:2019年7月6日(土)~7月7日(日)
参加者:Lレー子、ヨッシー、みの、りこ、オヨシ、たちこ、おとっつあん

7月6日(土)曇り
相模原(5:00)=七倉(9:00)-小町合流(14:30)-天狗の庭(15:07)-船窪小屋(16:00)-幕営地(16:15)

まだ梅雨も明けず、数日前からの天気予報は思わしくないため、奥秩父の代替案も作成してあったが、直前になり予報がやや好転したため予定通りとする。種池から赤沢岳、針ノ木岳をトレースするA隊と一緒に2台で相模原を出発。安曇野の道の駅でヨッシーをピックアップして七倉へと向かう。A隊はB隊を降ろして、車2台で扇沢に移動。これから登る七倉尾根は10日前にヨッシーがブナ立尾根から不動岳を登り、下っているので、心強いガイド付きである。
この日は曇りだが雨に降られることなく9時に出発。登り始めてすぐにりこが遅れ始める。共同装備は持っていないため、行動中使わない個人装備をみんなに振り分けて持ってもらうが、それでもパーティは二つに分かれてしまい、りこ、レー子からは先行メンバーは全く見えない。梯子が連続する鼻突八丁になんとかたどり着いたが、翌日の行動を考えると2人でここから下山したほうが安全であり、他のメンバーに迷惑を掛けずに済むと考えヨッシーと携帯で相談する。ヨッシーたちは既に天狗の庭まで上がっており、その先は緩やかになるとのことで、みのさんがサポートに下りてくれることになった。みのさんにりこのザックを持ってもらい、ゆっくりゆっくり登る。みのさんのザックがデポしてある天狗の庭からは、みのさんはザックを2個背負ってしばらく進む。間もなくテント場に着いたオヨシが戻って来てザックを持ってくれた。ようやくたどり着いた船窪小屋で温かいお茶をいただき、ほっと一息つくことができた。テント場はまだ先なのでゆっくりもしていられない。
テント場に着くとまだ雪渓が残っており、雪のない場所にギリギリ2張りのテントを既に張ってくれていた。りこをテントで休ませ、ちょっと寒いが外で食事の準備をし、開宴。会山行で初めての小屋泊りであるA隊からメールが入り、新越山荘はほとんど貸し切り状態らしい。翌日の行動については朝の天気、体調を考え決めることとして就寝する。

7月7日(日)雨
幕営地(5:00)-七倉岳(5:25)-七倉乗越(6:25)-北葛岳(7:25)-北葛乗越(8:25~8:35)-蓮華岳(10:40)-針ノ木峠(11:30)-大沢小屋-扇沢(14:10)

夜中テントを叩く雨音は大きく、かなり降ったようだ。狭い場所のためフライをしっかり張ることができず、端に寝たおとっつあんは大分濡れたらしく体調がすぐれず、朝食を食べることができなかったが、りこは朝食も食べ、体調に問題はなさそうだ。パーティを分けることも考えたが雨の七倉尾根を下るのもリスクが高いため、今日もりこの装備をみんなに振り分けて、計画通り針ノ木峠を目指すこととする。
雨の中テントを撤収して出発。

七倉岳山頂

せっかくの稜線歩きも雨とガスで何も見えない。今日はパーティが分かれないようにペースを落として進んでもらう。

北葛岳山頂

北葛乗越からは鎖場がはじまり、下りのルートとして使うには神経を使いそうだ。鎖場も終わり、そろそろ蓮華岳かと思うが、山頂は広くガスでまわりの景色が何も見えないため、なかなか着かない。A隊の現在地が気になるが、今日は携帯もうまく繋がらない。山頂らしきピークに3人の姿が確認でき、A隊がりこを心配して迎えに来てくれたと思い、大きく手を振るが反応がない。山頂に着くと残念ながら別のパーティだった。

蓮華岳山頂

大沢には雪渓が残り、大沢右俣を登り滑った時の感動を思い出す。鎖場を過ぎた頃から結局パーティはまた二つに分かれ、そろそろ針ノ木峠かと思う頃、前方から歓声が聞こえた。A隊と合流できたようだ。遅れて我々も到着。特にB隊を待ってくれていたわけではなく、偶然出会えたとのこと。偶然でも出会えてよかったと、一緒に記念写真を撮り、アイゼンを着けて下山開始。針ノ木の下りはいつもスキー板を履いているので、あっという間に扇沢に着くのが常だが、残念ながらもう雪渓は大沢小屋よりだいぶ上で割れており、途中で左の登山道に逃げ、大沢小屋からは沢沿いの道を下った。途中ピンクの花をつけた木がたくさんあり、そうべぇさんがヨッシーに名前を聞くが、「知らん!」と言われてしまう。後日調べてみると、タニウツギと言う花のようだ。道路に出て扇沢に到着、雨の1日は終わった。
いろいろあったが、ヨッシーの不動岳も含め、なんとかこの長い手強いルートを手分けして繋ぐことができて本当に良かった。暁ビッグバンド・トレイルに現実味が出てきた。

(記 レー子)

明王峠~三国山

期 日:2019年6月22日(土)
参加者:Lレー子、他1名(非会員)

6月22日(土)雨
相模湖駅(8:10)-与瀬神社-明王峠(10:00)-陣馬山(10:40~10:50)-和田峠-醍醐丸(11:55)-生藤山(13:30)-三国山(13:40)-三国峠-軍刀利神社奥の院(14:15)-井戸バス停(14:35)=上野原駅

海の日を利用して裏銀座に行くためのトレーニングとして富士山を考えていたが、天候が不安定なため、あかつきビッグバンド・トレイルを親睦山行の終了点から繋ぐこととした。
相模湖駅を出発するときは雨が降っておらず、曇りのまま行けるかと思っていたが、登り始めると降り始め、傘を差しながらの登りとなった。親睦山行での下山路を明王峠まで登り、ここから陣馬山に向かう。雨にもかかわらず思いのほか登山者は多い。陣馬山の山頂では雨が上がり、座っておにぎりを食べることができた。

陣馬山

その後は傘を差して生藤山に向かうが、この辺りもトレランの身軽で軽装な人達と多くすれ違う。このまま傘で最後まで行けるかと思ったが、残念ながら生藤山山頂手前で突然豪雨となり、濡れながら急いで雨具を着た。

生藤山山頂

三国山を過ぎ三国峠から軍刀利神社に下りたが、峠の標識は小さな板切れで、道も不明瞭なトラバース道で、結局三国山に向かう明瞭な登山道に合流した。三国峠からの下りは誰にも会うことなく軍刀利神社まで下り、井戸バス停に向かう。バスは1時間以上来ないためタクシーを呼んで上野原駅に出た。今回は与瀬神社から登り、軍刀利神社に下る、神社から神社へのルートだった。

(記 レー子)

針ノ木岳

期 日:2019年5月11日(土)
参加者:Lレー子、みの、オヨシ(ツボ足)、ヒー

5月11日(土)快晴
扇沢(8:30)-大沢出合(9:40)-マヤクボ沢出合(11:50)-マヤクボカール(13:00~13:10)-稜線(13:55)-針ノ木岳山頂(14:15~14:25)-稜線(14:30~14:50)-大沢出合(15:40)-扇沢(16:15)

春山合宿の帰り、今シーズンの滑り納めになるかもしれない針ノ木岳を計画。一時期毎年5月に通っていたが、暁の山スキー人口が減って久しぶりの針ノ木岳。朝発の日帰り山スキーは午前3時起きが何より辛い。4時30分みの家目標で自宅を出発するが、順調すぎて4時10分には到着。表で10分待ってオヨシ家を経由して扇沢に向かう。さすがに10連休明けで高速は渋滞もなく順調に進む。

扇沢の無料駐車場は立山への登山客や観光客の車でいっぱい。日帰りなので1000円払って有料に止める。8時30分板をザックに着けて出発。道路を2回横切り、いつもの場所から板を履いて雪渓に入る。大沢出合までは例年の5月最終週と思われる雪の少なさで、ギリギリ板を履いて堰堤を超えられる状況。おそらく来週は途中板を脱ぐことになるだろう。大沢小屋には周辺で雪上訓練を行うと思われるパーティのテントが何張もあった。ここからデブリを避けながら各自思い思いのルート取りでマヤクボ沢出合まで進む。
出合からはいつも右寄りのマヤクボのコルを目指すルートで登っていたが、今回先行者はみんな左寄りの急登を登っており、特に雪崩の心配もないため先行者に続くが、途中からツボ足で登るほうが早そうなので、板をザックに着ける。カールに出て更に山頂までもうひと頑張り、山頂直下の稜線には景色を楽しむボーダーやスキーヤーが7、8人いた。山頂までわずかな雪壁を登って記念撮影。

針ノ木山頂

50周年記念暁ビッグバンドに含まれる針ノ木岳、今回はピークハントのため、誰かに爺ヶ岳から針ノ木、船窪岳、烏帽子岳へと繋いでもらいたい。立山方面の景色を十分堪能し、滑走準備を行う。今回もオヨシさんは尻セードを駆使しての下山。マヤクボ沢出合までは尻セードも順調だったが、やがて傾斜が緩くなりデブリに阻まれ、ツボ足に切り替え、走る、走る。稜線から滑走終了点まで、山スキーからはやや遅れたものの1時間強で下山。

春山合宿に続き、天候に恵まれ楽しく登り、滑ることができた。

マヤクボカールを振り返る
ザラメ最高!

早起きは3文の得!

(記 レー子)

春山合宿C隊 白馬岳~白馬鑓温泉分岐

期 日:2019年5月4日(土)~5月5日(日)
参加者:<山スキー隊>CLレー子、みの、ヒー <ワカン隊>Lオヨシ、こ~平、おとっつあん

5月4日(土)快晴
猿倉(6:45)-白馬尻(7:40)-葱平(10:40)-2500m(12:10~12:50)-頂上宿舎(14:00~14:45)-白馬岳山頂(15:35~15:45)-頂上宿舎(16:40)

連休前半は天候が安定せず、当初の計画は3~4日で5日を予備日としていたが、3日はまだ寒気の影響があり、雷雨や強風の可能性があったため、出発を1日遅らせて、4~5日の予備日なしに急遽変更した。2年前の春山合宿に小日向山の山頂で突然吹雪かれ、テントに戻ってからも雷鳴に脅えたことは記憶に新しく、予備日を設けたことで、柔軟な対応が可能となった。
出発を1日遅らせたことで、前夜の集合時間も橋本駅22時から19時集合に変更でき、余裕を持っての出発となった。10連休で昼間は大渋滞だったようだが、夜は特に渋滞に巻き込まれることもなく、無事白馬に到着した。みそら野の駐車場で仮眠したが、例年になく駐車台数は多く、仮眠の穴場もだいぶ周知されたようだ。
天気予報は晴れのはずだったが、翌朝テントから顔を出すと、いちめん霧に包まれヤキモキさせられたが、駐車場は霧が溜まりやすい地形なのか、二股手前から突然霧が晴れて白馬の稜線が現れ安堵した。
今回は山スキー3人ワカン3人の混成チームで、本日は大雪渓を詰めて頂上宿舎で幕営の予定とし、6時45分出発。例年駐車場には登山指導の方たちがいるが、今年は連休も後半のためか、計画を聞かれることもなかった。ちょうど4週間前にヨッシー、みのさん、ヒーさん、レー子で金山沢を滑って猿倉に滑り降りているが、雪は大分減っている。馬尻には3号雪渓からのデブリが到達しており、右岸側を進む。右岸台地には数張りのテントがあり、白馬主稜を登っているパーティも見え、彼らのテントか、若しくは馬尻ベースでの山スキーヤーのものと思われる。

大雪渓のデブリ

2200mを超える辺りから傾斜は徐々にきつくなり、風もなく気温は上がり、テント泊の重荷が肩に食い込む。ここから山スキー隊はシール登行をあきらめつぼ足で登るが、暑さのせいか、慣れない板をザックに付けての急な登りのためか、この辺りからヒーさんが徐々に遅れ始める。2500m付近で頭痛の訴えがあり、薬を飲みゆっくり休憩する。

快晴のもとで休憩

14時村営頂上宿舎に着き、テントを設営する。テント場が一杯で良い場所を確保できないのではと心配していたが、小さなテントが1張りのみで、その後も3張り増えただけだった。空身で山頂に向かうが、白馬山荘の前には多くの登山者がくつろいでおり、大雪渓を登っていたほとんどの登山者が、小屋泊りか日帰りと思われる。稜線上はほとんど雪がなく、山スキーの兼用靴にはつらい歩きだ。山頂で50周年のための記念写真を撮りテントに戻る。

白馬岳山頂

途中明日滑る予定の清水谷左股を偵察するが、二股近くの谷が狭まっており、途中までの滑りと登り返しのトレースが確認できたのみで、上部は開けて快適な谷に見えるが、あまり滑られていないようだ。翌日の天候とヒーさんの体調で決めることとした。その夜は満天の星で風ひとつない静かな夜だった。

5月5日(日)快晴
幕営地(7:15)-杓子岳分岐(8:45ワカン隊山頂往復)-杓子沢コル(9:30~10:10)-白馬鑓ヶ岳(11:10)-鑓温泉分岐(11:40~12:00)-鑓温泉上(12:30~12:50)-湯ノ入沢(13:15)-小日向のコル(14:05~14:30)-猿倉(15:15)

テント撤収

5時起床、今日も快晴。ヒーさんの体調は回復したが、テント泊の装備を背負っての滑りと、暑い中での長い登り返し、その後も白馬鑓から湯ノ入沢まで滑らなければならず、今回清水谷滑走は見送ることとし、6人で稜線を進む。山スキー隊は板を背負っているためピッチが上がらず、杓子岳の山頂はワカン隊の3人に任せ、杓子沢のコルまで先に進む。

杓子岳に向かってGO!
杓子岳山頂

休憩中スノーボードを背負った単独者が通りかかり、朝4時30分に猿倉を出発し、鑓温泉に入って帰るとのこと。白馬には通いなれているようで、清水谷は毎年滑っており、きれいな斜面の続く良い沢で、比較的遅い時期まで滑れるとのこと。尾根を登り返す場合は雪が固いのでアイゼンを使用したほうが良いが、そのまま沢を詰めて杓子沢のコルに出て、杓子沢を途中まで滑り、樺平を超えて長走沢に入るのも良いとのアドバイスを受ける。但し、今年は3ヶ月前に鎖骨を折り、病み上がりの為、清水谷には入っておらず、今年の滑走情報は得られなかった。
杓子岳山頂を往復したワカン隊がこちらに向かう姿を確認し、山スキー隊は白馬鑓の山頂に向かう。山頂で合流し、記念写真を撮影。

白馬鑓ヶ岳にて これで白馬三山制覇!

山頂には先ほどのスノーボーダーのほかに、単独のスキーヤーがおり、白馬山荘に泊り、今朝清水谷を滑って登り返してきたとのこと。朝早いので雪はやや硬かったようだが、非常に良い斜面だったそうで、うらやましい限り。お二人は山頂から鑓温泉を目指して滑り込んで行ったが、荷物の重い我々には無理があるので、昨年と同様、稜線を少し下った鑓温泉への分岐まで移動し、そこでワカン隊と別れて滑走準備をする。

どこから滑り込もうか?

昨年に比べて雪は少ないが、適度に緩んで快適なザラメだ。途中右岸側からのデブリがあったが、昨年に比べ雪面はきれいで快適な滑りが続く。

カッコイイみのさん
快適な斜面

アッと言う間に鑓温泉を見下ろす場所まで滑り下りてワカン隊を待つこととするが、尻セードを駆使してあまり遅れることなく到着。

負けない尻セード隊

湯ノ入沢でシールを貼って、小日向のコルまで登り返す。コルから滑った斜面を眺めて大満足。

満足~小日向のコルから

コルからもワカン隊を時々待ちつつ猿倉の台地に滑り込む。長走沢上部は比較的新しい大きなデブリが発生していた。台地からはやや縦溝が気になるが、雪は緩んでいるので滑りに影響はない。一昨年、昨年ベースにした場所にはテントが1張り。あっという間に林道に出て、ほぼ予定通り3時15分に猿倉の駐車場に帰ることができた。
今回個人的な事情で計画が遅れ、また準備会にも参加できなかったため、山スキーとワカンとの混成隊での行動、装備計画等がギリギリまで不確定だったことは反省すべき点で申し訳なく思うが、6人と言う人数で、好天に恵まれ、50周年記念のルートの一部である白馬三山のピークを踏めたことに感謝したい。

(記 レー子)